SSブログ

今日は12月8日、大東亜戦争(太平洋戦争)の開戦記念日 [政治評論]

 私にとって生涯忘れない記念日は昭和16年12月8日、と昭和20年8月15日である。前者は大東亜戦争(太平洋戦争)の開戦記念日、後者は敗戦記念日である。私の人生に大きな、大きな影響をもたらした2つの記念日である。

 昭和16年12月8日、当時のことを鮮明に覚えている。小学校(名称は尋常小学校から国民学校に変わっていた)6年生(最上級生)であった私は学校へ行く途中で鉛筆を買うため文房具店に立ち寄っていた、鉛筆を選んでいると、突如文房具店のラジオが勇壮な軍艦マーチと共に「臨時ニュースを申し上げます!臨時ニュースを申し上げます!帝国陸海軍は本8日未明、米国、英国と西太平洋において戦争状態に入れり」(多少誤りがあるかも知れない)と告げるではないか、慌てて学校にすっ飛んでいくと教室中「アメリカと戦争が始まった」と大騒ぎであった。やがて全員校庭に集合させられ「宣戦の詔勅」なるものを聞かされた。後に月の8日は「大詔奉戴日」として毎回聞かされた。数か月後の旧制中学校の入学試験の口頭試問で戦争の原因を聞かれ多少意味の解らないところもあったが、諳んじていた【宣戦の詔勅」から適当に答えたら試験官から「よく出来た」と褒められたことも覚えている。いま侵略行為と責められ度々の謝罪と莫大な経済支援の名の賠償金を支払わされた日華事変のくだりは「先に中華民国政府、帝国の真意を解せずみだりに事を構え云々」となっていたように思う。いずれ歴史が学問的に解され真相に近いものが分かるのは関係者が居なくなる数百年後であろう。今は勝てば官軍、負ければ賊軍で左傾学者、メディアの主張は鵜呑みにしない方が良い。

 膨大な血を流し戦争で我々が得、守らなければならないものは唯一「人としての思想信条の自由、そのための言論の自由」であろう。千差万別の思想信条を持つ国民が集団生活していく手段は民主主義に基ずく数の論理しかないであろう。数を増やすのは言論の自由である。

nice!(0)  コメント(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。